髙村薫『我らが少女A』刊行記念インタビュー

平凡な人生が折り重なり、浮かび上がる〈平成の風景〉

――2012年の『冷血』は、国道16号線沿いの風景が印象的でした。『我らが少女A』も東京西部の郊外が主舞台になり、西武多摩川線の多磨駅前から物語は始まります。

髙村 私は国際基督教大学(東京三鷹市)の出身で、あの辺りは身近な場所なんです。今でもあまり変わっていない、独特の雰囲気です。

――57歳の合田雄一郎が登場しますが、彼が話の中心ではなく、その他大勢の人々が視点人物になっている。この書き方を採用されたのはなぜですか。

髙村 新聞連載だったからです。一回が原稿用紙二枚半、その限られた中でどうやって一回ごとにまとまりをつけるか考えたら、普通の小説の書き方では難しい。新聞小説という世界でも特殊な形式が、視点人物が交替していく語りを生み出したんだと思います。

――同じ場所、時間を共有する人々の群像小説です。〈野川老女殺し〉から現在(作中では2017年)まで12年の間に、皆等しく年齢を重ね、生活にも大きな変化がありました。

髙村 彼らはどこにいてもおかしくない平凡な人たちです。でも、それぞれに人生の中で大切なこと、辛いこと、印象に残ることがあった。それが登場人物の分だけ合わさって小説は出来ていく。だから特に誰が主人公ということではありません。

――中心に事件がなくても成立する作品です。意外性のようなミステリー的要素にはこだわらずに話は進む。

髙村 そうです。ある出来事がきっかけで、周りにいる人たちの人生が改めて結びついたり離れたりして、事件を紐帯にして一つの風景が出来上がる。ただ、そういうミステリーではない小説をどうやって読んでもらうか、という課題はありました。

――重要人物に、12年前は高校生だった上田朱美がいます。彼女が亡くなることが話の発端になりますが、不在の人物がずっと物語の中心にいる。

髙村 大勢の中で、彼女だけは唯一視点人物になりません。でも、彼女の周りの人たちの記憶にはそれぞれの朱美がいて、登場人物の数だけ語られる朱美がいます。記憶とはそういうものではないですか。ここに一枚彼女の写真があったとしても、それにまつわる記憶はみんな違うはずです。

――とても現代的だったのは、彼女の写真がスマートフォンを通じてSNSにばら撒かれ、拡がっていくところです。その画像を通じて人々の記憶もリンクしていく。

髙村 携帯やスマホを抜きにしたら、現代の人たちの生活を描く小説は成り立たないと思います。

――朱美の画像を加工してSNSに貼りつける男には、女性をモノとして玩弄【がんろう】するような屈折した欲望を感じました。インターネット時代だから出てきた人物なのでしょうか。

髙村 ああいう人は昔からいたんだと思います。外見は普通でも、私生活の危うい部分がネットやスマホというものがあるために、他者に見えてしまう。平凡な人たちが持っている平凡ではない顔が当たり前のように見えてくる社会に私たちは生きているということです。作者の好き嫌いとは関係なく、今の世の中がそうなっているなら、そう描くしかない。

――浅井忍という男も印象的でした。発達障害のために周囲と軋轢【あつれき】が起きてしまう。彼はネットのゲームに多くの時間を費やして生きています。

髙村 発達障害の人は、程度の差もありますけど少なくない割合で私たちの身近にいます。その人たちが、ネットゲームとかゲームセンターでいきいき出来るというのはいいことだと思うんです。私のような硬い頭の人間にはできないことを彼らはできる。彼らには彼らの世界があるということを認めたいし、それも今の世の中だと思います。

――髙村さんがゲームをされるイメージはあまりないのですが。

髙村 あまり詳しくないです。『冷血』のときもパチンコとかスロットをやるのかと言われましたけど(笑)。それらも現代に欠かせないもの、若者の生活という額縁があったら絶対入っている。それを失くしたら若者ではなくなってしまう。

――浅井忍のような、ご自身とは住んでいる世界が異なる人物の心情をどうやって書かれるのでしょうか。

髙村 その人になりきることでしか書けません。暴走族を書くなら暴走族、発達障害の男の子になるときは発達障害に。昔から何を書いてもそうです。

――お書きになっていて愛着を持たれた登場人物は誰ですか。

髙村 割にわかると思ったのは真弓の母親かな。彼女も平凡な女性です。過去にいろいろあった朱美のお母さんと、女の友情というわけではないけど、あるきっかけでつながっていく、あの感覚はわかります。いい悪い、許す許さないではなく、老いに向かう孤独がそうさせるんです。

――退官まで数年に迫った合田はどんな風に描かれましたか。

髙村 2017年の合田はこうですよ、という感じです。初登場時は30代でしたが、年を取ると考え方も変わっていくし、50代になれば老後のことも考えるようになる。名前は同じだけど、そこに立っているのは以前の作品とは全然違う合田なんです。それなりに上手に年を取っているようには見えますね。警察大学校教授の後は、本庁に戻って管理官になるでしょうから、ノンキャリアとしてはなかなかの人事です。それでも農家の手伝いをやったりして、警察の外にも違った人生を持っていたいんですね、彼は。

――同じ警察官でも息子のことで辞めてしまった浅井忍の父親のような人もいます。合田と彼の人生はたびたび交錯します。

髙村 浅井忍の父親はいろいろな不幸に見舞われますが、彼は彼なりにそうでしかありえなかった人生を一生懸命生きている。世の中には不幸な人がいるというのも掛け値なしの真実です。同じ風景の中にそういう人たちが混在する。中には殺されてしまう人もいるけど、確かに存在したんです。一言で言えば、いいも悪いもない。人間の、私たちの、平成の風景はこうだった、という感じでしょうか。

【インタビュー・構成 杉江松恋】

プロフィール

髙村薫(たかむら・かおる)
1953年大阪府生まれ。1990年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞、93年『リヴィエラを撃て』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、同年『マークスの山』で直木賞、98年『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞、2006年『新リア王』で親鸞賞、10年『太陽を曳く馬』で読売文学賞、17〜18年『土の記』で野間文芸賞、大佛次郎賞、毎日芸術賞を受賞。他に『照柿』『晴子情歌』『冷血』『空海』など。